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山のお寺の鐘が鳴る [日常生活]

成田の宗吾霊堂です。



この時期はあじさい祭です。
今にも雨が降りそうでしたがせっかくなので行ってきました。



こんなところにも紫陽花。かわいい。







いよいよポツポツきたので帰ろうとすると、なにやら携帯片手におじさんが鐘撞堂の方へ。
なんとなく見てたら、おじさん大きく鐘をつく動作をして、今にも音がなりそう

「あっ、あっおじさん、ダメダメ。ダメだよ。そんないたずらしちゃ」と声に出そうになったそのとき、ついに

「ゴ~~~~~ン



・・・・時計を見たら、5時ピッタリなのでした。


その方は正真正銘、住職さんでした
住職さんはこんな服装で・・・・っていう固定観念があったんですね。
あまりにラフな格好で登場、そして時間ピッタリに鐘を鳴らすために電話の時報を利用していたという現代的な住職さん。すっかりどこかのおじさんだと勘違いしてしまいました。失礼しました

サンサンSUN [日常生活]



今日はプール開きでした。

天気は快晴
子ども達は大喜びで気持ちよさそうにはしゃぎまくっています。

しかし、お肌の曲がり角をとっくに過ぎたわたくしにとって、このプール指導は恐怖の時間。

ちょっと前まで運動会練習で毎日紫外線を浴びまくっていたのにこんどはこのプール。しかも週4回8時間

今日もUV対策バッチリだけど、
無邪気な子ども達が「それ~!!先生~!!」と水をかける
顔にかかろうものなら「こら!やめなさい」←かなり本気モード


これ、若い頃からず~っとやってるんですよね~
肌もそりゃ痛みます。



今年70歳になる母は、私と体質も肌質もよく似ているのに、未だにすごいきれいな肌をしています。私だってもっと若いときは自慢じゃないけど肌がきれいと人に言われたものですが、最近はもうひどいもので・・・・。

何が違うのか、と言われたら、生涯に浴びた紫外線量、としかいいようがありません。母は若い頃、東京のデパートで働いており、ほとんど日に当たらないモグラ生活をしていたのです。


う~ん。この仕事に就いている宿命ですね。
この仕事を目指したときにはこんなことまで考えなかったわ。

 
明日もせいぜいUV対策に力をいれましょう

チビでも立派な・・・・ [日常生活]

昨日、6月15日は千葉県民の日でお休みでした

学校は休み。
教職員は本当は勤務を要する日ですが、私は有給を使って休みました

そして娘と一緒にボーリング場へ

今度、娘の学童保育でボーリング大会があるのですが、娘は一度もやったことがないので練習をかねて行ってみました。


チビっ子なので当然ガーターなしのファミリーレーンを予約。

娘はお約束のようにボールを真下にたたきつけたり両手でもってフラフラしたりしながらなんとかゲームをこなしていきました。

上手く行かずにふてくされそうになったそのとき、偶然の奇跡の一投が居並ぶピンの中央近くに当たり、なんとストライク!!!


ところが悲劇はそこからで、機械の作動ミスで「9」とスコアに記され、前面のモニターに馬鹿にするようなキャラクターが登場して「あと1本。とれるものならとってみな」という挑発メッセージが

モニターに「やったね」「おめでとう」「さすが!」みたいなメッセージがでるのを期待していた娘は「ギャ~」と泣き出してしまいました。
私はあわてて手動でスコアを直したけど後の祭り。スコアは直ってもお祝いメッセージは出ず、でした。

娘は何をするかと思いきやフロントに走っていって抗議をしはじめました。
結局お店の人もスコアが直ったんだからいいでしょ、的な感じで娘の納得するような対応ではなかったのですが、その後なんとか気を取り直してゲームを楽しむことができよかったです。





自分で抗議しに行くとは思わなかったです。
走ってフロントに行く姿をみて母は思いました。

チビでも立派なクレーマーだって。
末恐ろしい・・・・。

聞けなかったこと [日常生活]

昨日、イオンでぶらぶらしていたら、見たことのある女の人とすれ違いました。

考えることしばし。

それは、10年も前に担任をした女の子のお母さんでした。


彼女は重い障害がありました。
てんかんの発作もあり、私は3年間彼女につききりでした。
まだ若くて経験の浅い私には責任の重すぎる仕事で、その重圧からくるストレスに悩まされていました。


それでも体当たりで接してきたことは無駄ではなく、お母さんはそんな私を信頼してくれるようになり、修学旅行での服薬でもめたときにも「先生の判断で投薬してこの子に何かあっても私は文句言わない」とその子の命を預けてくれるほどになりました。(実際には学校での医療行為は認められておらず、何かあったときには病院に搬送するしかないのです。でも、そこまで信頼してくださったことがありがたかった。)私にとって、私自身を一番成長させてくれた、かけがえのないお子さんです。重い障害のある子を抱えながら、ものすごくたくましく生きるお母さんの姿に頭の下がる思いでした。


そんな彼女も卒業し、20歳のお祝いの時には私も駆けつけました。

私がオーストラリアへ行ったときにも時々手紙をくれ、彼女の様子を教えてくれました。
器用なお母さんで、結婚したときには忙しい間を縫ってティアラを作ってくださったり娘が生まれたときには「おむつを入れるのに便利よ」と手作りのマザーバッグをつくってくださったりしました。


ところが私が何度か引っ越すうちに連絡先がわからなくなり、私が出した年賀状ももどってくるようになってしまい、その後何年も連絡がとれない状況がつづいていました。




お母さんは別の女性と歩いていました。
彼女は?いつも一緒だったのにどうしていないの?



イオンはよく、いろんなイベントを行うのですが、もしかして彼女が卒業後に通っている作業所が出店するイベントがあるのかも?
私は1階のイベントの会場に行ってみました。その日のイベントは「エコフェア」。市内の障害者の作業所も出店していましたが、彼女の作業所は参加していませんでした。


それきりです。



追いかけて探せば追いついたかもしれない。
でも、足が動きませんでした。



当時、彼女はお医者さんに「20歳くらいまでしか生きられないでしょう。」
と言われていたのです。

生きていれば29歳。
追いかけて、彼女のことを尋ねるのが怖かったのです。


ただ、ほっとしたことは、
すれ違ったお母さんが、笑顔だったこと。




最近のイベントより

窓から見る夕日 [日常生活]

ここ何日か、ログ友さんの記事を中心にいくつか夕日の素敵な写真を見せていただいたので、私も撮ってみました

私の部屋は3階ですが、窓からこんな夕日を見ることができます。



この夕日を受けて団地の棟があか~く染まります。

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